VRの難関!「触覚」「嗅覚」「味覚」にどう訴える?

人間の感覚に訴えかけ、仮想的な体験を実現するVR。五感のうち、視覚と聴覚への刺激はグラフィックと音声により高レベルで再現しています。しかし、ここで課題となるのは残る「触覚」と「嗅覚」そして「味覚」。今回は研究者・技術者が実用化を目指す、五感に訴える技術とその可能性を考えてみましょう。
「自分の手で触れる感覚」をVRで

VR関連機器の触覚への刺激は、コントローラーの振動などで一部実現されていますが、立体的な「もの」の手触りを感じるデバイスはまだまだ開発途上です。いくつかのプロジェクトの中から、メタバースのカギを握る企業でもある、旧FacebookのMetaの試みに注目してみましょう。
Metaは2021年11月16日、Reality Labsによる7年に及ぶ研究についてリリースを発表しました。発表されたのは、触覚体験を得るための手袋型デバイス。手袋を装着した手指の動きにより触る、握るなどの動作入力ができます。また、手袋の中には空気が通る管と数多くの袋が内蔵。袋を膨らませるパターンで物の手触り、圧力、硬さ、振動などを表現します。
Reality Labsは従来の研究で、手袋の中に多数の小さなモーターを組み込む方法を試していましたが、熱を持ちすぎることやコスト面での壁に直面。空気流の利用がブレークスルーになったとしています。未だ研究段階で製品化には時間がかかりそうですが、メタバースの世界を大きく変える「ものに触れる感覚」を再現する、有力な技術であるといえるでしょう。
没入感大幅UP、匂いの再現

嗅覚は、空間の広がりを感じさせる重要な感覚です。たとえばVRグラスで360度の森林の映像を見ながら、耳から鳥のさえずりや川のせせらぎを聴き、さらに新緑や木の香りが鼻先をくすぐれば、没入感がぐっとアップすることは想像に難くありません。
現在すでにVRヘッドセット・グラス等に取り付け、コンテンツに同期しカートリッジの香料を射出する機器が製品化されています。プログラムされたタイミングで、決まったカートリッジから香料を出す技術それ自体は、決して難しいものではないと考えられます。
嗅覚表現の大きい壁といえるのは、三原色で無数の色をつくるように、既存のにおいを分析・データ化し、デバイスで再現する技術ではないでしょうか。
ここで参考になるのは2022年4月に発表された、東京工業大学科学技術創成研究院の「嗅覚ディスプレイ」。数十種類の香りのもと(要素臭)を調合し、任意の匂いを瞬時に発生させる機器です。研究を主導した同大学の中本高道教授は、「エンターテインメント、ゲーム、アニメーション、映画、オンラインショッピング、広告、イベント演出、介護・医療等の分野で様々なデジタル嗅覚コンテンツを作成して、世の中に出すことができます」と、新技術の意義についてコメントしています。
医療分野にも応用できる味覚プリンタ

味覚は、飲食物を口に入れた際の感覚であり、バーチャルな世界で表現するのはかなり難しいといえるでしょう。水や固形物などを実際に口に入れ、そこに「味」を付け加えて感じさせるような、拡張現実的なアプローチが考えられます。
バーチャルな味の再現技術の一つとして、明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科の宮下芳明教授らが開発した「味ディスプレイ」を紹介します。これは、基本五味といわれる「甘味、酸味、塩味、苦味、旨味」を感じさせる電解質で作られた5つのゲルを舌に触れさせ、電気を通し味を再現する技術。食中毒など感染リスクなく、味の情報を伝達する方法として注目されています。
また同研究所では、キリンホールディングスとの共同開発で「味を調整できる食器」も試作。箸などの形状のデバイスを使って食事し、微弱な電気により生成された塩化ナトリウムイオンで塩味を感じさせるもので、減塩食の味を濃くするなどといった医療分野での活用が期待されています。
VR「五感コンプリート」の日は近い?
触覚・嗅覚・味覚を刺激するVR技術は、すでに一部製品化しているもの、実用化に向けた開発が進められているもの、大きな課題の解決が待たれるものなど状況は様々です。しかしそれらは決して「夢のまた夢」というわけではなさそうです。エンタメのみならず、教育、医療、広告などさまざまな分野への応用が期待できる技術から今後も目が離せません。